男性ホルモン補充療法(ART)の適応
男性更年期障害(LOH症候群)の治療には男性ホルモン(テストステロン)が用いられます。
テストステロンには、メタボリック症候群を防ぎ、男性の寿命を延ばす効果があるため、最近では、LOH症候群に対してだけではなく、エイジングケアのために男性ホルモンを補充し続けようという考えが広まってきています。
「LOH症候群診療ガイドライン」検討ワーキング委員会で作成されたテストステロン補充療法の適応と除外基準は次のようになります。
ARTの適応と除外基準
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治療適応群 |
治療候補群 |
症状 |
自覚的あるいは他覚的男性更年期障害の症状 |
年齢 |
40歳以上 |
血清フリーテストステロン |
8.5pg/ml未満 |
8.5~11.8pg/ml |
ARTの除外基準 |
- 前立腺がん患者 治療前PSAが2.0ng/ml以上 中等度以上の前立腺肥大症
- 乳がん患者
- 多血症
- 睡眠時無呼吸症候群
- 重度の肝機能障害 重度の腎機能不全 うっ血性心不全 高度の高血圧
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前立腺がんの治療では、テストステロン産生をおさえる治療を行いますので、テストステロンを補充すると前立腺がんの危険が増えないか危惧されます。
しかし、LOH症候群でテストステロン補充療法を受けている群と受けていない群とで前立腺がんの発生頻度は変わらないことが明らかになっています。
すでに前立腺がんがある人にとってはテストステロンが悪影響を与えますが、テストステロン補充療法を行うことで前立腺がんの発生が増えることはないと考えられています。
男性ホルモン補充療法の種類
男性ホルモン補充療法に用いられるテストステロン製剤には、注射薬、経口薬、経皮薬があります。わが国において保険診療で一般に用いられているのは注射薬で、低濃度(1%)の経皮クリームがOTC製剤として販売されています。
海外では5%以上の濃度のクリームが一般に用いられていますが、日本では販売されていませんので、輸入製剤を用いることになります。
テストステロン製剤の種類と特徴
種類 |
投与方法 |
作用 |
経口薬 |
× |
毎日服用しないといけない |
○ |
生理的テストテロン値が得られる |
○ |
投与法、投与量設定が容易 |
× |
肝機能異常 |
○ |
中断可能 |
× |
DHT上昇 |
注射薬(デポー剤) |
○ |
2~4週に1度の注射ですむ |
× |
テストステロン値の変動が大きい |
× |
痛み |
× |
日内変動の消失 |
× |
投与量設定が困難 |
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× |
中断不能 |
経皮クリーム |
× |
毎日塗布しないといけない |
○ |
生理的テストステロン値が得られる |
× |
皮膚症状 |
× |
DHT上昇 |
○ |
投与法、投与量設定が容易 |
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男性ホルモン補充療法の実際
保険診療 (筋肉注射)
日本で一般に用いられているのは、デポー製剤のエナント酸テストステロン(エナルモンデポー®)です。
1回125mgまたは250mgを、2~4週ごとに筋肉注射します。
エナルモン注射後の血中濃度の変動は次のようになります(当院のデータ)。
注射時の疼痛、注射の前後で血中濃度に差がありすぎるのが欠点です。
自由診療(経皮クリーム)
わが国でOTC製剤として販売されているテストステロンクリーム(グローミン®)は濃度が低く、十分な効果が望めませんので、当院では、オーストラリア政府から認証を受けたバイオアイデンティカル・テストステロンクリーム(AndroForte®)を用いています。
1日1回、皮膚の柔らかいところに塗布します。塗る部位によって吸収効率が異なり、効果には個人差があります。同じ場所に塗り続けていると効果が弱まります。睾丸に塗るのが最も効果がありますが、長期的に塗布するのはお勧めできません。
経皮クリームの場合、テストステロンの血中濃度は指標になりませんので、唾液テストステロンを指標にします。唾液テストステロンは組織におけるホルモン活性のあるテストステロン値を表しています。
唾液検査は、検査のために来院する必要がなく、好きな時間に採取することができますので、日内変動を含めた経過観察に有用です。国内の検査会社では唾液テストステロンの検査はできませんので、当院では、唾液をオーストラリアに送って検査しています。
テストステロンクリーム塗布後の唾液テストステロンの変動は次のようになります(当院のデータ)。
自覚症状と唾液テストステロン値を指標に投与量を決定します。